2021/6/15 日記

一階玄関はしまっているので、地下の駐車場経由で外に出る。夏になりかけたの空は都市高の明かりと混じって不安げな色合いだった。坂を登って大通りへと出る。ビル風が吹き付けた。パセリのような街路樹が緩慢に揺れている。この道を数十メートル行くと、すぐに地下通路に潜る長いエスカレーターがある。雨が降っていても少ししか濡れない通勤路を持っていることが職場の唯一の美点である。足取りは未だ終わらない業務のため重いが、エスカレーターに乗る。ふと目線を先に向けると、エスカレーターの終わりのあたりに、黒い何かが動いているのが見えた。それはおそらく子どもだった。頭もすっぽり覆う真っ黒な服を着ている。極めつけはその子の大きさと同じくらいの大きさの背中についた黒い翼だった。濡れたベルベットのような艶がある。乗ってきた私には気づかずに、何やら焦っているような様子だ。観察するに、その子は自分の服の背中についた翼がステップの隙間に挟まり、それを外そうともがいているようだった。声をかけたほうがいいだろうか、手を切ったら危ないだろうし…。しかし、オフィス街でそんな格好の子どもを見るとは思わなかったな。エスカレーターも半ばだというところで、違和感に気づく。その子は黒い翼がついた衣装を着ているのではなく、身体すべてが鳥のような漆黒の体毛で覆われていることを。自分が見たものと、そのありえなさに頭の芯が一気に冷たくなる。乗っている大きな機械だけが動いていく。それはまだ翼を外そうと何故か頭を横に振りながら、黒い羽にびっしり包まれた腕で翼を引っ張っている。軒下で死にかけのムカデが悶ているような、不快と滑稽さが合わさった不思議な動きだ。地階まで後2メートル、一気に走るか、一切無視して歩きさろうかと考えていることがそれに伝わったかのように、パッとそれが後ろを向いた。それは西洋絵画で見たような真っ白な美しい子どもの顔を持っていた。しかし、その目はテレビ石のようになんの感情も伺うことはできなかった。背面とは全く異なった、予想外の美しさに驚く。もう一度よく見ようと思った瞬間、それはもう消えていた。ものの数秒で、エスカレーターは地上へつく。周りには誰もいない。気配すらない。縋るような気持ちでそれがいた場所に目を向ける。そこにはもちろん何もなく、黒い小さなボロボロの羽が一枚、ステップに挟まって揺れていた。