猫の裏側の毛の絨毯

口は災いの元だが思考停止は駄目だよね

猫の裏の毛の絨毯について

最近ぼんやりと自分が(癒し)を求めていることに気づいて、それについて思いをはせている。

普段私の気持ちは私だけのものだと強がって、猫だの犬だのの可愛くてふわふわしている動物たちの力なんて必要ないとのたまっているけれども、ツイッターなどで写真が流れてくると保存して見返してしまう。

挙句には動画も通信制限そっちのけで再生している。

結局は、今はそういうひたすらの優しさと自分が無下にできるほどの手軽で純粋で一途な愛がほしいのだなと。

そういう愛を常に欲しているっていう弱くてみじめな気持ちを恥と思わず口に出せる勇気や、何かに頼らないといけない自分の弱さを認められる強さがあったならもっと(生きる)が普通にしていることだったのかもしれない。

私は自分のことを表現して、自分のことを見てほしいと素直に言える人に嫉妬していたし、裏返しで嫌いになっていたりしていた。

この日記は私のゆがんでしまった自己表現欲求の表し方のリハビリみたいなものだし、これを機に長く続くものが一つ作れればなと考えている。

学科に入った真の目的も果たせれば尚よいが、雑文な故難しいかもしれない。

哲学を創作意欲に還元する。ちなみに日記を書くことは三日坊主でした。

 

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