kindle

今週のお題「読書の秋」

久しぶりの記事を書こうと思い立った。前回の記事があまりにも恥ずかしくて痛々しいので、消してしまおうか悩んだが、これまでのも悩んだ結果私が生み出したものであるのは違いないので、消さないでおくことに決めた。でも、自分だけが見えるようにしたいんだけどやり方がわからない。誰か知っていたら教えてください。再開のきっかけは、今がとても暇なのと(理由は、バイトが全然希望の日程に入れない、よく会っていた人が今ここにいないからと主に二つなんだけれども)、よく就活なんかの一環で自己分析としてやる性格診断を久しぶりにやったのだが、それでいつも大体同じ結果”芸術家気質”、”破壊衝動が芸術方面に行けばうまくいく”と神託を下されるので、「よーし、いっちょエゴグラム様に従ってみるか」という思い付きによって生まれた文章である。でも、信託に従いたくなくなったら、やめる。自分の責任と理性を伴ってエゴグラムを信じるという行為は行われるべきである。最近、amazonstudentに自分が入っていることに気づいたため、アマゾンプライムkindle・unlimited の恩寵を受けている。でも、知らない間にお金を支払っていたということは、とても恐ろしいことだし、今後このようなことが事の大きかれ小さかれあると困るので、注意するという教訓ができた。kindleを最近使っているのだが、いくら紙の本が好きとはいえ便利さには屈してしまう。満員電車で立ちながら本を読むということはとても苦痛が伴うし、読んでる内容が普段の半分ぐらいしか頭に入ってこないので読むメリットとデメリットをはかりにかけたら、欠点のほうが私にとっては勝るのである。そこでkindleスマホ上で読めるし、一度Wi-Fi環境下でダウンロードしてしまえば、通信料はかからないし、通信制限を気にしがちな学生にとってはとてもメリットが大きいと思う。しかも、unlimitedは光文社古典新訳が一部読み放題で利用できる!!これはとてもお得。上記の文庫は、岩波文庫で出版されているような世界中の古典が分かりやすい訳で読めてしまうものである。最近は、本屋で新刊の面白そうな本を探すのがきつくなってきたため、古典というある意味外れなしを肩端から読んで精神的な暇をつぶそうとしている。そこでkindle。ぜひ使ってください。スマホでも案外なれれば結構快適です。でも、そろそろkindle専用端末を買おうかなと思っている。unlimitedが光文社以外は酷いラインナップなので、それ以外は雑誌でも適当に読むといいと思います。利用している方、おすすめがあれば教えてください。満員電車の中でこそ、本の中に逃避行。

若者に対して

複雑な家庭環境のティーンエイジャーと触れ合う機会があるのだが、彼らの心の奥の特に柔らかくて傷つきやすい部分を守る殻は自然に孵化させるには時間がかかり、粉々に砕くのは一瞬だと思う。その殻を自ら破らせるように促すのは周りの大人の役割だけども、それは決して一人なんかではできないと学んだ。小学校の頃植物が萌芽するには、光、水、土、空気が必要だと習う。それと全く同じで、一人の大人だけで、光、水、土、空気を与えようと(与えられると思い込む)するのは不可能なこと。それを客観的に聞いたら納得するとは思うけど、実際に関わると人は善意のうちで、自分がなんとかしなきゃ、自分しかいないと思い込んで突っ走ってしまう。大人にはもう立派な大人なんだからと意見を尊重される部分で、年齢や外見、社会経験だけで、自分自身の決定に首を突っ込まれるというのは本当に辛い。だから周りの大人、本人じゃない人はその人の本当に思っていること、考えていることをできるだけ整理できる様引き出すために支援をすべきだと思う。精神的に追い詰められている人々対しての支援には、支援の例外は存在するけど。

自戒の意味でも最後に書くが、私の人生は私だけのもので、私にしか責任が取れない。だから自分が本当に正しいと思って生きるべき様に生きてほしい。そしてその有様を考える時間を持ってほしい。ここだけが生きていく場所じゃないと。

猫の裏の毛の絨毯について

最近ぼんやりと自分が(癒し)を求めていることに気づいて、それについて思いをはせている。

普段私の気持ちは私だけのものだと強がって、猫だの犬だのの可愛くてふわふわしている動物たちの力なんて必要ないとのたまっているけれども、ツイッターなどで写真が流れてくると保存して見返してしまう。

挙句には動画も通信制限そっちのけで再生している。

結局は、今はそういうひたすらの優しさと自分が無下にできるほどの手軽で純粋で一途なものがほしいのだなと。

そういう愛を常に欲しているっていう弱くてみじめな気持ちを恥と思わず口に出せる勇気や、何かに頼らないといけない自分の弱さを認められる強さがあったならもっと(生きる)が普通にしていることだったのかもしれない。

私は自分のことを表現して、自分のことを見てほしいと素直に言える人に嫉妬していたし、裏返しで嫌いになっていたりしていた。

この日記は私のゆがんでしまった自己表現欲求の表し方のリハビリみたいなものだし、これを機に長く続くものが一つ作れればなと考えている。

ちなみに日記を書くことは三日坊主でした。